今回は地震の歴史について考えてみたいと思います。 (前回記事はこちら)さて、現在放送中のNHK大河ドラマ「西郷どん」の第12話「運の強き姫君」(2018/3/25放送分)を覚えていますか?「篤姫は江戸に来て2年たつが、未だ将軍家への輿入れが決まらない。吉之助は幾島と他の藩や大奥に働きかけ、本寿院との接触に成功。ようやく婚儀が正式に決まる。しかし将軍・家定との間に子は授からぬことを知った吉之助は、篤姫が背負う悲しき運命に心を痛める。そんな夜、篤姫は吉之助にだけ秘めた胸の内を吐露することに…」(NHK大河ドラマ「西郷どん」公式サイトより抜粋)この「吐露することに…」のさなかに、安政江戸地震(安政の大地震)が発生しました。(安政江戸地震の概要)発生日時:安政2年10月2日(1855年11月11日)午後10時ごろ地震の規模:M7クラス最大震度:震度6以上震央:東京湾北部から江東区付近死者数:1万人前後(江戸市中)(出典:災害教訓の継承に関する専門調査会報告書(1855 安政江戸地震)/内閣府)(画像出典/東京都立中央図書館特別文庫室所蔵)この地震では、尊王攘夷派の指導者であった藤田東湖らが死亡し、指導者を失った水戸藩では内部抗争が激化し、その後の1858年の安政の大獄、1860年の桜田門外の変、1867年の大政奉還へと歴史は続きました。また、この前年1854年(嘉永7年)12月23・24日には、安政東海地震・安政南海地震(現在でいう「南海トラフ巨大地震」)が発生しています。12月23日に南海トラフ沿い東側半分の東海道沖が震源域となる地震(いわゆる東海地震・東南海地震)が発生した31時間後の24日に紀伊半島・四国沖が震源域となる地震(いわゆる南海地震)が発生し、この復旧のさなかにさらに前 ..
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