なぜいま断熱改修が求められるのか?公共建築の断熱改修は今どうなっているか、など、みかんぐみ共同代表/エネルギーまちづくり社 代表取締役である 竹内昌義氏が語ります。
前回、脱炭素社会を目指すうえで建物の断熱化が、とても大切であることをお伝えしました。その際、既存建物については断熱改修を行わなければなりません。断熱性能を十分に有していない建物は、それこそ日本中にいくらでもあります。
既存建物への断熱改修では、改修前と改修後で、その効果をダイレクトに実感できるという大きな喜びがあります。体感的に過ごしやすくなるだけでなく、光熱費などへの影響も興味深いところです。
断熱改修は、住宅だけでなく営業施設や公共施設にも必要です。そのひとつとして今回は、学校への断熱改修についてお伝えしたいと思います。
■ 学校の断熱事情とは
大規模な私立学校などの例外はありますが多くの学校の教室小中高、地域にかかわらず、大体同じような大きさ、配置となっています。
右利きを基準に左から光が入るように南側に窓があり、西に黒板、北側にも窓があって、その外側に廊下があるというパターンです。電気がなくても採光ができるように考えられた、実に明治時代から続く昔ながらのスタイルです。建築基準法で天井高は3m、窓のサイズは床面積の1/5と定められています。
多くの人が「学校は寒いもの」と思っているとおり、断熱についてはあまり考えられてこなかったので、当然夏暑く、冬寒い。暖房としては石炭、そして石油ストーブ、いまはエアコン、と日本のエネルギー事情と同じような変化を経てきました。エアコン導入前までは夏の暑さ対策は皆無といえるものだったこともあり、近年の猛暑で学校での熱中症が相次ぎ、ついには死亡例も。
文部科学省「学校環境衛生基準」で教室などに望ましい温度の基準が「17℃以上、28℃以下」に見直されたのは、なんと平成30年度。それまでは「10℃以上、30℃以下」と、ずいぶん低い基準だったのです。2020年9月時点で、冷房設備設置率は93%となっています。
しかし断熱性能が極めて低い建物にエアコンの導入が進んだことにより、当たり前ながら冷暖房の効きが悪いし、電気代が馬鹿にならない…という問題もみえてきました。電気代がかかるからエアコンをつけるのをやめよう、という意見まで出る始末です。
学校への断熱改修は、今こそ求められているといえるでしょう。
学校という場は、子どもたちが長い時間を過ごす、心身を育む大切な場所です。さらに、災害時には教室や体育館が避難所になるなど、地域の核となる場所でもあります。
こうした場所に断熱改修を行うことは、建物が快適になるばかりでなく、多くの人が断熱性の大事さを体感できるという点でも意義のあることといえます。
また、学校に通う若い世代の人たちは地球温暖化をはじめとする問題に敏感で、脱酸素社会の側面からみた断熱改修の重要性を、すんなり理解する力があると感じています。若い世代への理解が深まることは、今後の社会のためにとても大切なことでしょう。
■ 断熱改修の実際
これまでに、岡山県津山市、宮城県仙台市、長野県白馬市で学校の断熱改修を手掛けました。
津山市と白馬市ではワークショップ形式で行い、一般の人に改修工事にも参加してもらうことで、断熱改修のメリットや未来のための省エネルギー化の必要性などを理解してもらう場にもなりました。
改修の内容はおもに天井、壁の断熱化、内窓の設置。下の写真は、岡山県津山市の小学校での様子です。
既存の壁に木枠を組み、断熱材を充填後、板壁に仕上げました。
天井板を何か所か取り外し、天井裏に断熱材を敷き込みます。
ここでは、天井裏に20㎝、壁に10㎝の断熱材を入れ、アクリル板を使った木製建具を製作して内窓として設置しました。
改修後1か月のデータによると、エアコンの電気使用量はほぼ半分に抑えられるというよい結果がみられています。
【津山市の小学校 空調用電力+室温計測値(冬季)】
5年生教室⇒未断熱・6年生教室⇒断熱施工済
空調用電力+室温計測値(冬季)。6年生の部屋は断熱されているので、5年生に比べると温度が高くキープ。電力量の合計は凸凹のグラフのライン内の面積で表されます。5年に比べて、ほぼ常にラインが下にあることがみて取れます。
これらの断熱改修では、断熱性能は住宅の2020年基準と同程度の断熱材の厚みを採用しました。
近年、新築住宅で採用しているheat20の基準からみれば十分とはいえないものですが、改修の効果を確実に体感できる最低レベルはクリアできる基準であり、ワークショップ形式として安価に安全に行えるレベルを設定しています。
長野県の白馬高校では、生徒にも改修工事に参加してもらいました。
自分で手掛けた改修の効果を感じられるという、貴重な体験になったのではないでしょうか?
仙台市の小学校では、実験的な改修工事を行いました。
教室ごとに以下のような4タイプの異なる改修を行い、その違いを計測するというものです。
2020年の夏休みに工事を実施し、11月からデータを計測。すべての教室のエアコンの温度設定は同じにし、電気使用量で比較するという方法です。
実証実験開始直後の11~12月の電気使用量では、①既存の電気使用量を100とした場合
②改修・③新築=70%、④提案型=60% の削減という結果が得られました。
エアコンの設定温度は同じでも「①既存」は改修をした教室に比べて室温が低い傾向にあり、休み明けの月曜日、「①既存」は冷え切ってしまっていて月曜日からエアコンを使っても、水曜日までは寒さを感じるとのこと。
こうした教室で暖かさを保つためには、人のいない週末もエアコンをつけっぱなしにするしかありませんが、それは非現実的。断熱改修の必要性が実感されます。
4タイプの教室の電気量実測値。未改修の「既存」の教室の使用量が突出して多く、断熱性能が高い教室ほど、電気使用量が少なくなっていることからも断熱改修の効果が実感できます。
これらの教室を使っている生徒(5年生)にアンケートを取ったところ、暑くない、寒くない、授業に集中できるといった回答が多く聞かれました。実は、夏休み明けにはまだエアコンが稼働できていなかったのですが、回答から断熱改修だけでも暑さがやわらいだことがわかりました。
想定していなかった効果としては騒音がなくなったというものも。この点も集中力のアップに貢献していると考えられます。各教室を行き来している教員からは、空気がまろやかに感じるという体と心が実感する意見もあがりました。
また室内環境のデータを取ることで、窓開け換気を適切に行い、換気扇なども設置していてもCO2センサーのデータが頻繁に1000ppmを超えているということがわかりました。
これは子どもの活発さなどが関係しているかもしれません。
望ましいのは1000ppm以下であり、この点に関しては対策が必要でしょう。
学校の断熱改修は公共事業ということもあり、特に費用対効果が望まれます。どの程度の改修で、どのくらいの期間で元が取れるか?というのは、具体的な工事費や電気使用量など目に見えるデータが重視されますが、数値では表せない快適性や学習環境の向上も、断熱改修で得られる大きな効果です。この目に見えない効果も含めた「費用対効果」の検討が望まれます。
今回紹介した学校の改修は、断熱性能としてはけっして高いものではありませんが、確実に効果が体感されています。
地域の核となる建物にこうした改修を行うことは、断熱って大事なんだと発信し、多くの人に体感・理解してもらうための第一歩となります。
断熱改修中の教室。内壁に断熱材を増設しています。
今、日本中で多くの人が「気候のことをなんとかしなければ」と言っています。気候非常事態を宣言している自治体は100を超え、表明した自治体の人口を合計すると6300万人以上。この数は日本の人口の過半数を超える数字となっています。
その半面で多くの人が、温室効果ガス排出ゼロ=脱炭素社会の実現なんてできないだろう、と思ってしまっています。
なぜなら方法論が見当たらないからです。方法はあるのに、それを知らない人が多い。
建物の断熱は、一番わかりやすく、手っ取り早く実践することができる方法です。
地球に優しいことは我慢することだと思われがちですが、断熱に関していえば我慢をすることは一切なく、取り入れることで確実に暮らしが快適になり、生活の質が飛躍的に向上します。
また、新築で建てた家を最低でも30年は使うと想定すると、2050年の温室効果ガス排出量ゼロを目指すには、いま始めないと間に合わないのです。
住宅政策然り、公共建築然り、一刻も早くゼロエネルギーにすることが必要です。
全国の学校や公共施設での断熱改修がもっと広がっていくよう、今回の事例から得られたデータをさらに積み重ね、精査して、断熱改修のメリットを多くの人に知ってもらいたいと思います。