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2019/10/04 11:16 - No.591


第3回 なぜ断熱するの?(2)


省エネのキホン
堤 太郎

2019/10/04 11:16 - No.591

 


前回は、断熱性能が足りないと、たとえば冬場にいくら暖房機器で室内温度を上げても実際に感じる温度(≒体感温度)は低く、それはそのまま「寒い」ということにつながる、とお話しました。

では、「冬場の寒さ」や「夏場の暑さ」が人体にどのような影響を与えるのかを見ていきましょう。


■屋内で「熱中症」、「ヒートショック」、そして「凍死」とは?!

まずは日本の既存住宅の現状から。

住宅ストック約5,000万戸中、「平成11年基準(現行省エネ基準相当)」を満たすのは5%という推計(2012年)が国土交通省から出されています。


その少なさにも驚きますが、何より「無断熱」に分類される住宅が全体の40%を占めること、ほとんど無断熱に近い昭和55年の旧省エネ基準相当と合わせると全体の76%にもなる、ということに愕然とします。

既存住宅の8割近くがほぼ無断熱状態であり、室内にいながら外部の影響をもろに受けるような環境だということです。

事実、熱中症患者の内訳を総務省消防庁の2019年統計で見ると、救急搬送数が一番多かった7月29日~8月4日の週は総搬送人員が18,347人、発生場所別では「住居」が41%と「公衆(屋外)」の10.8%を大きく引き離して第一位となっています(その傾向は他の週でも同様です)。

ちなみに年齢別では高齢者が54.3%、成人が35.3%、少年が9.6%となっており、必ずしも高齢者ばかりではないこともわかります。

冬場のヒートショックについても見てみましょう。

毎年、参考として比較されてきた交通事故死者数は、2018年統計では3,532人にまで減少していますが、それに対して入浴中の急死者数の推計は約19,000人と、その差は約5.3倍にまで拡大しています。
まさに「屋外よりも屋内の方が危険」とも言える状況になっているわけです。

そして、さらに深刻な内容として「屋内で凍死する高齢者が毎年増加している」という件があります。

凍死?

山登りでなくて?

どういうことでしょうか。


厚生労働省の「人口動態調査」によれば、2014年から2017年の4年間だけでも国内の凍死者は計5,303人となり、熱中症による死者数のおよそ1.54倍に上っています(2017年単年の凍死者数は1371人)。

2015年に日本救急医学会が行った調査によれば、全国の救急医療機関91施設に「低体温症」で搬送された705人のうち、「屋内」での発症は517人と7割以上。患者の多くは低体温症にかかった高齢者で、皮膚ではなく内蔵など体の深部の温度が35℃を切ると診断されました。

これらは、いわゆる「老人性低体温症」が原因と思われます。高齢者は暑さ、寒さに対する感覚が鈍くなります。通常は寒くなると皮膚の血流量が減少して体内の熱を逃がさないようにしますが、寒さを感じないと血流量が減らず、体が放熱を続けて体温が下がり、命を落とすのです。

前回、「体内の深部体温(安静時ほぼ37℃)を一定に保つことが生命を維持するためには不可欠」と書きましたが、その深部体温が2℃低くなるだけでこのような深刻な事態になるのです。

それらを引き起こしている原因として推察されるのは、貧弱な外皮性能の住宅が引き起こす、
「我慢の節エネ」
です。

特に高齢者に顕著だと思われますが、光熱費が「もったいない」という意識で、ギリギリまでエアコン等を付けない、加えて自分のいる空間以外の暖冷房もしない、というものです。
我慢できるうちは・・・と思っているうちに、気が付くと身体に異常が生じている、という事情は、低体温症も熱中症も同様でしょう。

このような環境を作り出す建物が普通に数多く存在するという国は、憲法第二十五条に明記されている、

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」

という基本的人権が確保されていると言えるのでしょうか・・・


■「動脈硬化」になるのは高齢者とは限らない

ここまでは、熱中症や冬場にお風呂場で倒れて搬送されるような「目に見える分かりやすいヒートショック」の症状でしたが、それ以外に「目に見えない分かりにくいヒートショック」というものがあります。

そのうちの一つが、高血圧が引き起こす「動脈硬化」です。




ヒートショック(実は医学的用語ではなく、建設業界や暖房メーカーで使われている用語とのこと)現象とは、急激な温度変化によって身体が受ける影響で、体内血管の急激な伸縮が起きることで、血圧・脈拍に変動が生じることを差します(ちなみに冬季の血圧変動は外気温より室温に強く関連します)。
その変動の蓄積が、動脈硬化を引き起こす大きな要因の一つであり、「一旦なってしまった状態から元には戻らない」「ただし進行を遅らせることは可能」という特徴があります。



そこで私も聴講していましたが、示された資料の一つにショックを受けました。

「脳動脈硬化度ゼロの頻度」とタイトルの付いたグラフですが、これは「年代別の脳動脈硬化になりにくい度合い」を%で示したものだと見てください。


「10代以下」が100%、「60代~80代」が7.2%~2.4%なのは感覚的にも理解できます。

しかし「30代」で75%、「40代」に至っては47%と半分以下に減少しており、生活環境によっては30代から動脈硬化を起こす可能性が高まっていく、ということを示しているのです。

いかに日々暮らす室内の環境が大事か、ということですね。


以上、住宅の室内環境が人体の健康性を損なう事例のお話でした。
次回は続編「なぜ断熱するの?(3)」として、ではどういう環境ならばこういった健康被害を防げるか、を予定します。


オマケ:

本編とは別で、「そもそも」話を二つほど。
それぞれの図を見ていただければ、お分かりいただけるかと思います。










 
堤 太郎
一般社団法人 みんなの住宅研究所

一般社団法人 みんなの住宅研究所 代表理事/株式会社 M's構造設計所属。一級建築士、CASBEE戸建評価員、BISほか。1966年奈良県生まれ。1990年摂南大学工学部建築学科卒業。関西商圏のビルダーに27年勤務し、主に2x4工法(枠組壁工法)の戸建住宅設計に携わる。2013年にドイツのフライブルクをはじめとした各地の研究機関・企業等をツアー視察した後、ATC輸入住宅促進センター(大阪市)主催の省エネ住宅セミナーにて、企画のアドバイスやパネルディスカッションのコーディネーターとして複数参加。2018年にM’s構造設計に参加、「構造塾」講師や「省エネ塾」の主催、個別コンサルタント等を行っている。

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