A-PLUGのご利用には会員登録が必要です
すでに会員の方はログインください

2021/10/19 07:30 - No.1082


第3回 スイスにおける現代木造建築の潮流


S100x100 writer kaorutakigawa profile
スイス在住ジャーナリスト・滝川 薫さんがご紹介!エコ先導国スイスの持続可能建築
滝川 薫

2021/10/19 07:30 - No.1082

 


はじめに

北スイス在住の環境ジャーナリストの滝川薫です。コロナ禍前には、スイスやオーストリアの持続可能な建築や省エネ建築をテーマとした専門視察に頻繁に携わっておりました。

海外視察が不可能な状況が続く中、5月25日に本誌×YKK AP社の主催により、ウェビナー「エコ先導国スイスの持続可能建築最新セミナー」が開催され、そこで省エネ政策や持続可能な住宅地の傾向、木造建築事情についてお話させて頂きました。

本連載ではこのウェビナーの内容の一部を、3回に分けて紹介していきます。

最終回となる今回(第3回目)は、「スイスにおける現代木造建築の潮流」をお届けします。

◎第1回目の記事 
気候中立政策における建築の省エネルギー化 -スイスの現状と課題-(前編)
https://aplug.ykkap.co.jp/communities/119/contents/1066
◎第2回目の記事 気候中立政策における建築の省エネルギー化 -スイスの現状と課題-(後編)
https://aplug.ykkap.co.jp/communities/119/contents/1067



プラスエネルギー率687%のゲルツェンゼー村の家の気持ち良い室内。スラブと天井はマッシブな木造パネル、壁は木造ラーメン構法のパネルで構成。設計事務所はHalle58。


チューリッヒ州農村部のハーフティンバーによる古民家。先進的な現代木造の原点には長い木造の伝統がある


伝統から現代の高品質建築の代名詞へ

スイスはオーストリア西部と並んで欧州の中でも現代木造建築の先進地域であり、技術力の高い木造会社が集積しています。その原点には、日本ほどではないとはいえ、長い木造建築の伝統があります。築数百年の木造建築は珍しくなく、改修を重ねて使い続けられている古民家がどこの村にも見られます。

森林資源が特に豊富なアルプス地方では、木をたっぷりと使う校倉造りの民家が伝統で、これは今日のマッシブ・パネル構法に受け継がれています。そして平野部では木構造の間に石を詰めて、木を節約的に用いるハーフティンバーの民家(写真)が伝統で、こちらは主にラーメン・パネル構法に受け継がれています。

そのようなスイスでも戦後の長い間、木造の伝統は忘れ去られ、低品質建築というイメージが定着していました。それがこの30~40年ほどの間に木造ルネッサンスと呼ばれる業界のイノベーションが起こり、現代木造建築への脱皮が成し遂げられます。


まず80年代に社会の環境意識の向上に伴い、製造エネルギーが少なく、成長する地域の建材である木材への関心が高まります。この頃に、世界的に著名なスイスの建築家であるヘルツォーク&ド・ムーロンや、ペーター・ツントーらが木造に取り組み注目を集めました。また技術的には設計のデジタル化とパネル構法への転換が着手されます。そして、今日まで続く国による森から建物までの木造推進アクションも始まりました。

木造会社で大工がパネルの枠組みを製作している様子。パネルの厚さ、大きさが分かる


3D設計とパネル構法の普及

90年代になると木造分野のイノベーションは加速し、木造会社(工務店)による3D設計とプレファブ・パネル構法が普及します。建物の省エネ技術が進んで行った時代でもあり、パネルの中に分厚い断熱材を充填できる木造ラーメン・パネル構法が、高断熱・高品質建築の代名詞となってゆきました。

新しいプレファブ・パネル構法は大量生産ではなく、オリジナル設計の建物のパネルを、職業教育を受けた大工が工場で製作するという点が特徴です。天候に関わらず設備が整った快適な工場でパネルを施工することで、精度が高まり、大工の作業環境も向上しました。

木造会社の工場では通常、実施設計からプレカット、パネル枠組み、断熱材充填、配管ホース、シートやボード、場合によっては窓や外装材までが施工されます(写真)。クレーンで行われる現場での組み立て作業は戸建てなら1~2日程度で終了するようになり、現場工期の大幅な短縮が実現しました。

1999年にプレファブ・パネル構法で実現された初期の現代木造建築。当時、斬新なデザインで木造建築のイメージを一新した事例


中層建築の普及

プレファブ・パネル構法の技術が普及すると、木造の大型化が進んでゆきます。私が木造プレファブ・パネル構法を日本に紹介する記事をはじめて書いたのは2000年代のはじめです。 当時は2001年に竣工した木造4階建ての熱ゼロエネルギーの高級集合住宅や、2004年に竣工したヴィール高校の大規模な木造校舎(写真)が社会的に大きな反響を集めていました。

その後、木造の耐火性能が実績により証明されてゆくことで、建物の規模に関する規制が徐々に緩和されていきます。2005年の消防法の改訂では、6階建てまでの木構造、外装材に関しては8階建てまでが可能になりました。そして中層木造建築は一般化し、珍しいものではなくなりました。

2004年に竣工した州立ヴィール高校。初期の大型木造建築として注目を集めた


都市部の大型建築への進出

それから10年を経た2015年の法改訂では、高さ30mまでの建物が木造で可能になり、耐火対策次第ではそれ以上の建物でも建てられるようになりました。これにより、都市部で持続可能性や気候中立を目指す集合住宅やオフィスビルの開発にも木造が進出してゆき、最大規模の住宅建築では300世帯の入る集合住宅も建っています。数社の木造会社では、大型建築の施工にも効率良く対応できるようなキャパシティを備えるようになりました。

また高層化に伴い、スラブの一部にコンクリートを使う木造ハイブリッド構法も定着し、同構法により10階建てのビルや2019年には15階建てのビル(写真)も完成しています。現代木造建築の建設費用はRC造を上回るものの、現場での工期が短く、早く入居できるため、大規模な開発を行うディベロッパーからは、総合的な経済性が高く評価されています。高層化を目指す動きはまだ続き、2024年には総木造の27階建て、階高80mのマンションがツーク市に実現する予定です。

木造会社の中には、フリーフォームと呼ばれる複雑な曲線建築を設計、ロボット製作する能力に特化し、世界の著名建築家とプロジェクトを展開するブルーマー・レーマン社のような会社もあります。同社は伴茂が設計し、2019年に竣工したスウォッチ本社(写真)の施工においても、高度な技術力を見せつけました。とはいえ、高層ビルやフリーフォーム建築はあくまでも例外的な存在であり、普通の木造会社が取り組む集合住宅は3~4階建てが一般的な大きさです。

2016年にチューリヒ市に竣工した187世帯が入る木造集合住宅地。高度な省エネ性能とエコロジカルな建材利用を認証するミネルギー・P・エコ基準を満たす

2019年に竣工した木造ハイブリッド構法による15階建てのビル。民間不動産会社が開発・所有し、州立大学に長期賃貸している


建築市場に占める木造建築の割合

スイスの木造建築は成長産業であり、社会的な評価は高いものの、建設市場全体に占める割合はさほど大きくありません。新築や改修における構造部材に占める木造の割合(2019)は、戸建てが20%、集合住宅が9%、学校21.4%、店舗・オフィス13%、余暇施設18%、病院・介護施設10%、産業建築10%、農業建築38%、外装材17%となっています。

この数字からは、各分野でのシェアは大きくないものの、木造があらゆる分野に進出している事が分かります。スイスの木造会社は中小規模の会社であっても、戸建て住宅だけを建設している企業はほとんどなく、その地域の需要に応じて集合住宅、公共建築、農家の畜舎、オフィス、工場など、多様な建物を作っています。また住宅分野ではエコロジカルで高品質、持続可能な建物を求める施主層を対象としたハイエンドな市場に特化しています。

2019年に竣工したビール市にあるスウォッチ本社。伴茂設計、フリーフォーム建築に特化したブルーマー・レーマン社による施工。国産トウヒ材を利用


まとめ

本連載第1回目では、スイスの気候・エネルギー政策において最も重要な分野である建築分野での、これまでの対策と成果の概要を紹介しました。第2回目では、2050年までの気候中立という目標から顧みた時の、スイスの建物省エネ政策における課題点を紹介しました。連載第3回目の当記事では、気候中立や持続可能性という側面からも重要である現代木造建築の潮流について紹介しました。

スイスでは木造の伝統を素地としながら、80年代から木造業界のイノベーションが進み、90年代に3D設計とパネル化技術、省エネ技術が普及し、2000年からの20年では大型化のノウハウを成熟させてきました。社会における持続可能性と気候中立の重要性が高まる中、高品質と環境性、経済性の両立を求める施主層は、木造建築を選ぶようになっています。その際に木造建築は小規模な住宅や公共建築だけでなく、集合住宅から工場まであらゆる分野に進出しており、それに対応できる設計・生産能力のある木造会社が各地に存在する事がスイスの特徴です。


 
S100x100 writer kaorutakigawa profile
滝川 薫さん
スイス在住ジャーナリスト

北スイス在住の環境ジャーナリスト、ガーデンデザイナー。 スイス・オーストリア・南ドイツをフィールドに、エネルギー大転換・持続可能な建築や地域発展・環境をテーマとした視察セミナー、通訳・翻訳、執筆を行う発信活動を約20年続けている。 MIT Energy Vision社共同代表。スイスの山間集落に暮らし、夫と共にスイスで庭園設計に携わる。 著書に「サステイナブル・スイス」(学芸出版社)、「欧州のビオホテル」(ブックエンド社)など多数。 ▼滝川薫さんの公式サイト https://www.takigawakaori.com/

業務にあわせて効率UPができる
ツールをご提供!

Btn gotop